まだ見ぬ藍よりも青い空を求め
今日も名も無き鳥は空を舞う
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ドイツ
 今日から一週間ほど、ドイツをぶらり一人旅。

こっそりブログなど更新してみようかしら…
22:12 - comments(0)
再開したものの
何か書こうとかそんなのが
あまりなくって困ってます。

だって、私にとってこのブログは
人知れず心の内を明かすところだけど
私にとっての言葉はコミュニケーションツール以上のものでなくて
本当に人が居なくなってしまうと
意味を成さなくなってしまうのだもの。笑

あと、近年よく思うのが
小説も詩も
人が社会に生きてるからこそ生まれたもので
もし人が本当に自然のなかで
生きるために生きてたとしたら
文学ってものは生まれなかったと思う。

異世界で静かに生きてた去年
どれだけ自然のすばらしさに対する感動や
日本に対する郷愁なものを感じても
決して言葉にすることなく
心の内に留まってたのはそういうことかなって。

けども、もうすぐ卒業。
人と別れてまた出会って
新しい社会に加わっていく過程において
何か残したい言葉があるはずだと思う。

最近は、買ってそのまま放置してたある作家のコラム集を読んでる。
実はとても有名な小説家さんなんだけど…
何やら私は前衛的・抽象的なものが苦手で、本当に残念なことに、その小説家さんが素敵な小説の多くを理解できないんです。
けれども、話がもっと具体的になる旅行記やコラムとかは楽しんで読んでるし、人物描写がかなり活き活きしてて素敵だなって思って呼んでます。

なんでそんな話をしているかというと、どうやら極北でわずかな人とばかり人間関係を持ち続けているうちに、どうやら私は独自の偏った思考回路を形成してしまったらしい。日本で日本人として生き続けるためにはある程度、社会の「一般的」な思考回路を理解する必要があると思ったから。

実際、本を読んでいるうちに、あぁ。そうだった。そうだった。って思わされる場面に度々出会うし、逆に他人の見る目も変わってきた。

本当に社会の思考回路の理解って今の私には必要な作業だと思う。


あとは、高校の時からの夢を叶えた今が無気力としか言いようのない状況に陥ってること。
けれども、これもやっぱり世界を色づかせるためには、自分の視野を広げないと行けない。
どんなに素敵な街や自然に出会っても、私の中にそれをきちんと評価して、価値づける準備がされてないといけない。
それを学んだから、とりあえずは部屋で眠っていた本を手に取ったってわけ。


世界には知らないことでたくさんなのに、色褪せたと決めつけるにはまだ早すぎるはず!
00:35 日常 comments(0)
化石のような。
 あはは。なつかしー。

 いつも更新、更新、とか言ってて結局更新詐欺だね。私。
 それでも必ずここに戻ってきて思い出したように更新するってのも、面白い。

 私がブログを始めたのは、中学の時に、ある人に影響されたのがきっかけだったけど、それがもう9年も前の話らしい。
 9年の間に、2つほどのブログを家で共有のパソコンで更新してた私が、3種類ほどの主要なSNSでアカウントを持つようになって、自分のパソコンでレポートを書くようになった。家庭の事情で当初から携帯電話は持ってたけど、2つ折りのほとんど鳴らなかった携帯電話が、平たくて大きくて、終始鳴り続けるスマートフォンに変わった。

 
 市内で完結していた自分の世界が、海の外にまで広がった。けども、外を知れば知るほど、自分とその拠り所がわからなくなった。

 今も昔も自分なのに、こうも大きく変わってるのが不思議でしょうがない。
 昔にある人に、人間ってそんなに簡単には変わらないって私は言ったけれども、変わらないためには大きく変化しすぎてる。

 変化を望んだのは私で、けど、以前の自分を惜しんでるのも自分で。


 うん。不思議だ。って最近思う。


 結局何をいいたいのかって言えば、昔を思い出して、恋しくなった9年後の自分が、その気持ちを言葉にしたかったってだけ。

 この二年間、本当に世界の綺麗なものを見続けてきたけど、全く文にしてこなかった私の中で、確実に不完全燃焼が起きてたし、異国の森の中での生活という特殊な状況に身を置いてた私が、感情的にも言語的にも硬直的な状態になっていた。

 
 それを少しずつリハビリできたらなって思ったけど、どうやら新しいはずのスマートフォンの電池が限界らしー(´・ω・`)


これからがんばろう(´・ω・`)
18:12 - comments(0)
こんなことしてる場合じゃあないんやろけど。。。
 ずっと、何かここに書きこめたら。思ってたのに

何も書かないまま一年経っちゃった。



忙しすぎて、またすぐ戻らなきゃやけど。。。


パソコンをつぶした影響で
音楽ファイルを整理してたら
radwinpsのトレモロが出てきた。


丁度、ラップランドの氷った湖上で
聞いてたのがこの曲で、
街灯のない世界で見た日本とは違った夜空。

そんな日々もあったのに
忙しさに埋もれる今の毎日。

そんな中でこの曲を聞いた瞬間に、
視界いっぱいに、あのラップランドの空が広がった気がした。

オーロラも見たし、空も見た。

素敵な日々やったな。って。


また、ここのブログにすこしづつ書いていきたいな。

書きかけの投稿が何個か残ってる。


そんな夜。
01:19 日記 comments(0)
13. 12. 2011's Farewell
 惜別というものを実際に感じるには
今までの人生ではあまりに
小さすぎる世界に私は住んでいた

どこかしら、また会えるかもしれないという
安心感が
いつも付きまとっていた。

実際に、世界なんてそんな広いものでも
ないのかもしれない。

もう二度と会えないかもしれない。

そんな思いをこれからどれだけ
経験して行くのだろうか。
02:02 日記 comments(0)
放置。笑
 久しぶりに開いたこのブログ。笑

もう見てる人なんていないんだろうな〜。

うん。それがわかってて書いてるんだけど。笑


やっぱり、完全に新しい生活を初めて
日本に残してきた人たちの誰よりも幸せでいないといけないっていう
プレッシャーを感じて
だましだまし生活してる気がする時がある。

確かに幸せだし
しばらくもとの生活には戻りたいと思わない
だって、日本にいた時の私の方がもっと
自分に素直じゃなかったから。

こうやって時間を与えられて
自分が何をしたいのかを真剣に考えてる。

結局考えてることは10年経っても一緒で。
その想いでここに戻ってきたってことなんやろな。



大好きなイタリアのクラシック音楽の作曲者。
そして、同じくイタリア出身の映画音楽の作曲者。
昔はあんなに好みがかわり
飽きたりしてたりしてたのに
最近は飽きてもまた聞きたくなる。
年を取ったってことなのかな。


次々に夢が叶おうとしている。
けど、その夢は本当の夢じゃなくて
私は何かを見極めたいからそのゴールを
目指そうとしていたのに
そのゴールは未だに見えない。

やっぱりまた昔みたいに文が書きたいなって思ったのは
昔と同じように行き詰まり
そして昔と同じように本を読み、音楽を聴いて
最後に昔と同じように感銘を受けたから。

けれども、今の私は全然昔の私と違ってて、
もっと切羽つまり、もっと自分の限界に気付いて
そして、もっと考えないと行けないことがある・・・・はず。

結局何がいいたかったんかな。
何も言いたくなかったんかも。

けど、手帳の中に書きおろして言ってる
(といっても雑多な)日記とはまた違うもっと精神的なものを求めて
ここに回帰してきたんだろうな。

Hello, me who is in old days.
and
Hello, me who I haven't met yet.
23:47 - comments(0)
不幸以上幸福未満。
嫌いが多すぎて

息苦しい。


自分の好き嫌いが
自分のクビを絞めてるってのは
わかるんだけどね…


その時に思い出す人に
もっと
息苦しくなるんだ。
16:35 - comments(0)
no title
マジうざ。

結局は自己満の集団やん。





はじめっから聞かずに
全部うちのせーかい。





なんもわかってないくせに。
15:03 - comments(0)
あーぁ。
せっかく
あきらめてたハズやのになぁ…


幸せすぎて

もっと貪欲になっちゃうやーん!!


ばかぁ…
01:22 - comments(0)
さよならというコトバ
 
夏休みということで
本を読める限り読もうとしております。

といっても普段からそんなに読むわけじゃあ
ないから遅々としたものであって
全然進まないんだけどね。苦笑

その中にあった
印象的な一文。

新潮文庫の 村上春樹 著 大橋歩 画
「村上ラヂオ」

の中からの引用とでも書いとけば
著作権的に問題はないのだろうか。笑

レイモンド・チャンドラーの小説の中の台詞の
「さよならをいうのは、少しだけ死ぬことだ」
に対する村上さん的意見。


『人は「さよなら」を言った直後には実はあまり死なないものだ。
僕らが本当に死ぬのは、自分が「さよなら」を言ったという事実に、
身体の真ん中で直面したときだ。別れを告げたものの重みを、
自分自身のこととして実感したとき。
でも、だいたいの場合、そこに行きつくまでには、
あたりをひとまわりする時間が必要となる。』



この意見を十分に理解できているとは思わないけど
けども似たような経験はあると思う。


さよならをどれだけ言っても
その後に携帯の電話帳を見てこのアドレスには
もーメールを送ることはないんだろうなと思ったり
会話の話題に上がっても
もー話すことはないんだろうなと思ったり
そういう時が一番
何がって言われたら分かんないけど
何かが死んでいっている気がする。


何かが死んで行くたびに
自分の身体がどんどんスカスカになっていく気がするんだ。


今こそ落ち着いているけども
それはやっぱりさよならの変わりの
こんにちは?があるからで

うん。やっぱりうまくさよならを言うのは難しいや。苦笑


そう思ったんだ。
23:33 日常 comments(0)
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